前回は、源為朝と六角ノ井について触れました。今回は鎌倉市の隣、横浜市港南区に伝わる「為朝の祠」を訪れた様子を書いていきます。
横浜市港南区上大岡東一丁目付近の丘に、雑木林があり、この一帯はかつて久良岐郡大岡川村字八郎ケ谷と呼ばれていました。ここに落人となった為朝が隠れ住んでいたことから、八郎ケ谷という字名になったと伝わります。
「為朝の祠」は丘の切り立った崖の上にあり、亡くなっとされる四月には、今でも近隣の人々が供養しているそうです。
また丘の麓には、為朝の妻の墓と伝わる笠石がまつられているそうです。
このように為朝にまつわる伝説は、その豪勇から全国各地に広がり、今もなお地域に伝わっています。