伊豆国一宮「三嶋大社」

伊豆国一宮「三嶋大社」

 小冊子レキシノワ四号の「古記録を読む」では、源頼朝と北条時政が旗を挙げた「山木攻め」を取り上げました。この「山木攻め」は伊豆国一宮「三嶋大社」の神事の日を狙って挙行されました。そこで今回は伊豆国一宮「三嶋大社」を訪れた様子をレポートします。

〇山木攻めは「三嶋大社」神事の日。

 「吾妻鏡」には、治承四年(一一八〇)八月小十七日丁酉、快晴、三嶋社神事也、藤九郎盛長爲奉幣御使社參、無程歸參。〔神事以前也〕」とあり、その後、神事に参加して手薄となった山木邸を頼朝方が奇襲しました。今も八月十五日から十七日にかけ祭事が行われています。十六日には頼朝公旗挙出陣式が執り行われ、本殿で奉告祭・舞殿前では出陣式を行い、市中をパレードしています。

〇安達藤九郎盛長 警護の跡

 源頼朝が平氏追討の祈願を百日間おこなった際、従者の安達藤九郎盛長が警護しました。その時にこの松の前で待っていたと伝えられています。

〇神池

かつて源頼朝はこの池で放生会を行い伊豆国の糠田郷・長崎郷を寄進したと書かれています。

〇北条政子が勧請したと伝わる厳島神社

〇源頼朝と北条政子の「腰掛石」

〇舞殿

〇本殿