史料講座 第4回.山木兼隆を討つ〜頻出する字について 其の壱〜

史料講座 第4回.山木兼隆を討つ〜頻出する字について 其の壱〜

2020年9月5日

 前回は、頼朝挙兵の第一矢の場面を取り上げ、助詞について解説を加えてみた。

今回は山木兼隆を討つ場面を古記録において「レ点」が付くよく使われる字について述べてみる。

「レ点」が付くよく使われる字(「所」、「被」、「為」、「令」、「可」)を覚えれば読みづらい古記録も、流れ良く読めるようになる。

それでは原文の「所」、「被」、「為」、「令」、「可」を赤文字にして掲載する。

『吾妻鏡』治承四年(1180)八月小十七日条

「~前略~北條殿以下進於兼隆館前天満坂之邊。發矢石。而兼隆郎従多以三嶋社神事参詣。其後到留黄瀬川宿逍遥。然而残留之壮士等争死挑戦。此間。定綱兄弟討信遠之後馳加之。爰武衛發軍兵之後。出御縁合戦事給。又放火之煙。以御厩舎人江太新平次。雖于樹之上。良久不見煙之間。召宿直留置之加藤次景廉。佐々木三郎盛綱。堀藤次親家等仰云。速赴山木合戦云々。手自取長刀。賜景廉。討兼隆之首。可持参之旨。被仰含云々。仍各奔向於蛭嶋通之堤。三輩皆不騎馬。盛綱。景廉任厳命。入彼舘。獲兼隆首。郎従等同不誅戮。放火於室屋。悉以燒失。既曉天。帰参士卒等群居庭上。武衛於縁覧兼隆主従之頚云々。」

この場面は頼朝の命を受けた北条時政以下が山木兼隆の館に迫り、苦戦しているのを察知した頼朝が加藤景廉・佐々木盛綱・堀親家を加勢に向かわせ見事に兼隆を討ち取るという内容である。まずは現代語訳を掲げるので状況を理解して欲しい。

頼朝の命令をうけた北条時政以下は、兼隆の館の前の天満坂付近で、矢石を館に向かって発した。山木兼隆の館は、坂の上の小高い丘にあったとされる(今も跡地は往時を想起させる地形である)。

この時、山木兼隆の多くの家来は三島大社の神事に参詣していて留守であった。しかし残っていたわずかな武士が死を覚悟して戦いを挑んできた。そこに山木兼隆の後見、堤信遠を討ち取った佐々木定綱兄弟が駆けつけた。

頼朝は北条時政や佐々木定綱らの兵を発した後、事の成り行きが心配となり、山木兼隆の館に火の手があがるのを確認するため、江太新平次を木の上に昇らせた。しかし一向に煙が上がらなかったので不安となり、側に控えていた加藤景廉・佐々木盛綱・堀親家らを呼び、自らの長刀を加藤景廉に与え、山木兼隆を討ち首を持ってくるよう厳命した。

彼らは蛭ケ嶋通りの堤を走り、山木兼隆の館へ向かった。そして山木兼隆と家来を討ち取り、館に火をかけた。時間はすでに明け方になっていた。

山木兼隆を討ち帰参した軍兵が頼朝のいた館の庭に群がり、頼朝は館の縁から山木兼隆らの首を確認したという。

さて赤文字にした「所」、「被」、「為」、「令」、「可」の「レ点」がつく良く使われる字を中心に読んでいくと、まず「而兼隆郎従多以三嶋社神事参詣。」に「為」が出てくる。ここは「しかるに兼隆の郎従は多く以って三島社の神事を拝さんが為、参詣す」と読む。

「為」は頻出文字で、「ため」「たる」「なす」と読み「として」とはあまり読まない。

そして「然而残留之壮士等争死挑戦。」では一二点の返りで「レ点」ではないが「所」が出てくる。

ここは「しかれども残留する所の壮士等、死を争い挑戦す」と読む。

「所」は古文書の定型文「所仰下也」のように、「被」とセットでよく出てくるので覚えておくと、崩して字を読む際に役に立つ。

次に「令」の出てくる箇所合戦事給。又放火之煙。以御厩舎人江太新平次。雖于樹之上。」には「令」が三つも出てくる。ここは「合戦の事を想わしめたもう。また放火の煙を見せしめんが為、御厩の舎人の江太新平次を以って、木の上に昇らしむといえども」と読む。「令」は使役の助動詞で、「しむ」「せしむ」と読む。古文書や古記録は上位下達の命令に関する内容が多い。だから「令」はよく使われる。誰の命令か?誰に命令しているのか?誰が命令を受けているのか?「令」の対象を注意深く把握しなければならない。

「召宿直留置之加藤次景廉。佐々木三郎盛綱。堀藤次親家等では、「為」と「所」「被」の三つが出てくる。返り点のオンパレードで、「宿直の為に留め置るる所の加藤次景廉・佐々木三郎盛綱・堀藤次親家等を召し」と読む。こkでは「所」の箇所で先述した「所」と「被」のセットが出てきている。

次に仰云。速赴山木合戦云々。」では「被」と「可」が出てくる。

「被」は「らる」と読み、「可」は「べし」「べき」と読む。ここは「仰せられていわく、速やかに山木に赴き、合戦を遂ぐべしとうんぬん」と読む。「被」は受け身の助動詞で「可」は推量の助動詞で、「可被」(らるべし・らるべき)とつなげても良く使われる。

このように今回とりあげた文書の中でも、「所」、「被」、「為」、「令」、「可」は頻繁にでてきた。これらの「レ点」が付くよく使われる字に慣れておくと一気に古記録が読みやすくなる。