伊豆江間の三つ鱗ヒストリー!!

伊豆江間の三つ鱗ヒストリー!!

 小冊子レキシノワ四号では、北条時政と北条一族の繁栄を「迫力の三つ鱗ヒストリー」と題して特集しました。ここでは実際に北条時政の子、義時のゆかりの「伊豆国田方郡江間」をレポートします。

〇江間を拠点とした北条義時

 北条義時は長寛元年(一一六三)、時政の次男として生まれ、当初は江間小四郎義時と名乗っていました。なぜ北条でなかったのかというと、もともと義時には兄の宗時がいました。このため北条は宗時が継ぎ、義時は江間小四郎の故地を引き継いだと考えられています。

〇義時ゆかりの江間

 ・北条義時館跡といわれている場所が、江間公園です。ただ今は広い普通の整備された公園という感じです。

 ・義時が小池丸山にあった社殿を移し、再建したといわれる豆塚神社。

 ・義時夫妻の墓が残る「北条寺」。北条寺は義時の建立だといわれ、義時が造像を願ったとされる阿弥陀如来坐像が伝わっています。

 

・義時が御経を納めたといわれる北江間横穴群にある「太師窟」。十個の古墳群が残っています。

 ・この他にも若くして亡くなった義時の子、安千代ゆかりの「池田の大蛇伝説」「千葉寺」「珍場神社」など一帯には、義時ゆかりの伝承が伝わっています。