香取神宮(要石と奥宮)
要石は昔、この地方で頻発する地震を鎮める為、地中に棲みつく大鯰を刺し通したという伝承に由来。 香取神宮が凸。鹿島神宮が凹という。 一ノ鳥居は香取の内海を感じさ…
要石は昔、この地方で頻発する地震を鎮める為、地中に棲みつく大鯰を刺し通したという伝承に由来。 香取神宮が凸。鹿島神宮が凹という。 一ノ鳥居は香取の内海を感じさ…
古来、伊勢の上参宮に対して、下参宮と呼ばれた凄い社。 香取神宮新緑と石燈籠が美しい。 朱の楼門(重要文化財)は元禄十三年(一七〇〇)、江戸幕府によって造営され…
常陸大宮市の佐竹氏史跡を目指し、 香取神宮、鹿島神宮に立ち寄りました。 まずは香取神宮の一ノ鳥居「津宮」。 かつて内海とよばれた景色が気持ち良い。 鳥居も昔は…
河村氏は相模国足上郡河村郷を、秀郷流藤原氏の一族、波多野遠義の子、秀高が拝領。「河村さん」と呼ばれたことに始まると考えられています。 秀高の子、義秀は石橋山の…
小冊子レキシノワ7号の「史跡を見よう!散歩に行こう!」では、房総半島と鎌倉を結ぶ「朝夷奈切通」を取り上げました。ここでは実際に訪れた様子を周辺も含めリンクし…
光触寺は朝夷奈切通の手前、十二所バス停の近くにあります。 古来、この付近は鎌倉と六浦・房総を往来する人々で賑わいました。 光触寺の本堂前にある塩嘗地蔵は、…
朝夷奈切通しから横にそれた山中にあります🌲 熊野といえば🌲 🌲といえば熊野。 金沢文庫文書の金沢貞顕書状には、鎌倉時代末期に熊野から檜皮を取り寄せた文書が残っ…
鎌倉七口の中で、もっとも古道の雰囲気を今に伝える朝夷奈切通。 六浦口とも呼ばれています。鎌倉から六浦(金沢区)→房総半島。 北条泰時が仁治元年(1240)に道…
横浜市戸塚区俣野に大庭景親の弟、俣野景久ゆかりの俣野観音堂があります。 俣野景久は剛勇を誇り「曽我物語」でも力自慢として登場します。 後に頼朝が房総半島から…
伊豆で挙兵した源頼朝の前に立ちはだかったのが大庭景親です。大庭御厨(藤沢市)の北西、宗賢院という御寺さんの南方の丘陵に彼の館があったと伝わります。 近くに…
源義朝の沼浜旧宅・鎌倉悪源太義平の供養を由来とする光照寺がある沼間には、もう一つ河内源氏と関わりの深い場所があります。 それが神武寺です。 「吾妻鏡」の建久…
鎌倉悪源太義平は頼朝の異母兄です。母は三浦義明の娘と伝わっていますが、検討を要するようです。 義平は父義朝が上洛した後、鎌倉の館を譲られ、坂東で活躍しました…