鍛冶ヶ谷市民の森

鍛冶ヶ谷市民の森

 鎌倉市の北に隣接する横浜市栄区は、かつて江戸時代は鎌倉郡に属し、中世は山内荘という荘園で北鎌倉と一体になっていました。さらに古代は鎌倉郡尺度郷の内にあったので、古くから鎌倉の中だったといえます。そこで何回かに分けてこの「知られざる横浜の中の鎌倉」を取り上げていきます。

 栄区の特徴は豊かな自然が残っていることです。区内には横浜市内最大の円海山一帯の緑地があり、「横浜自然観察の森」をはじめ五つの「市民の森」と鎌倉に繋がるハイキングコース、いたち川流域のプロムナードなどが整備されています。

 今回はその中の「鍛冶ヶ谷市民の森」を紹介していきます。

☆「鍛冶ヶ谷市民の森」の概要

 鍛冶ヶ谷市民の森は、JR本郷台駅から東へ向かった場所にあります。面積は約3haとこじんまりしていますが、尾根沿いに散策路が整備され、眺望広場からは鎌倉街道を挟んで対面に「本郷ふじやま公園」が見えます。

☆「鍛冶ヶ谷市民の森」の見どころは古墳時代の「横穴墓」!!

 鍛冶ヶ谷市民の森の見どころは何といっても「横穴墓」でしょう。「横穴墓」とは古墳時代後期の墓制の一つで、丘陵の山腹や斜面を掘削してつくられる墓をいいます。だいたい複数がつらなるので、地域の豪族の墓だと考えられています。

 この地域の横穴墓の特徴は、玄室の奥壁に穴を穿ち複室のようなものを設けている点です。この複室は狭く、棺室だったと考えられています。ここから「鍛冶ヶ谷式」と呼ばれていましたが、その後、分布地域が周辺に広がっていることから、近年では「鎌倉型」ともいわれています。

 以上、「鍛冶ヶ谷市民の森」の「横穴墓」から、この地域が古くから人の集まる地域で、力を持つ豪族が住んでいたことがわかりました。そして「横穴墓」の分布から、鎌倉と一体だったこともわかります。