小冊子レキシノワ3号の「散歩に行こう!史跡を見よう!」(6P/7P)では、菅原道真ゆかりの荏柄天神社を取り上げました。そして菅原道真に関わる文化財を収集したのが、鉄道建設の分野で有名な菅原恒覧(1859~1940)です。恒覧は姓の同じ菅原道真を篤く信仰し、天神にまつわる版画や絵画を収集しました。そしてこれらのコレクションを受け継いだ子の通済は、禅僧の墨蹟、中世水墨画、宋代の工芸品など、中世の文化財を広く蒐集していき、居を構えた常盤に常盤山文庫を開設します。
菅原通済と常盤山文庫
菅原通済は江ノ島の開発に深く関わり、昭和三年(一九三〇)大船〜江ノ島間に日本ではじめての有料自動車道路を建設し、深沢地域を別荘地として整備、鎌倉山と名付けました。通済の蒐集が本格的に始まったのは昭和十八年(一九四三)からだといわれています。昭和二十九年(一九五四)、還暦を境に実業界から引退した通済は、自宅を構えていた鎌倉常盤山の名を冠した財団法人常盤山文庫を設立し、集めた名品を一般に公開しました。しかし文化財保護法の改定により、常盤山文庫の設備が文化財保護の観点から不十分とされ、昭和五十七年(一九八二)に公開を取りやめました。現在は鎌倉国宝館等の企画展や、国内外各地の美術館からの依頼による貸し出しを受け付け、鑑賞の機会を提供しています。
常盤山文庫の主な所蔵品
常盤山文庫の所蔵品は現在国宝二点、重要文化財二十三点、重要美術品十八点を含み、貴重な文化財を今に伝えています。
主な文化財を列挙すると、
清拙正澄墨蹟 遺偈 (暦応二年正月十七日) 1幅 国 宝
馮子振墨蹟 画跋 附 千利休添状(正月六日) 一幅 1幅 国 宝
紙本淡彩送海東上人帰国図 (鐘唐傑並ニ竇從周ノ賛アリ) 1幅 国 指 定
紙本淡彩帰郷省親図 (恵奯等十三僧ノ賛アリ) 1幅 国 指 定
絹本著色茉莉花図 1幅 国 指 定
絹本著色柿本人麿像 詫磨栄賀筆 (性海霊見八十一歳の賛がある) 1幅 国 指 定
紙本墨画拾得図 (虎岩浄伏の賛がある) 1幅 国 指 定
紙本墨画叭々鳥図 雪村筆 (天文二十四年九月四印道人の賛がある) 1幅 国 指 定
木造聖観音立像 1軀 国 指 定
蘭渓道隆墨蹟 諷誦文 1幅 国 指 定
大休正念墨蹟 尺牘 1幅 国 指 定
宗峰妙超筆消息 十一月八日 祐公庵主宛 1幅 国 指 定
退耕徳寧墨蹟 上堂語 景定壬戌 1幅 国 指 定
竺仙梵遷墨蹟 与潜渓処謙人祖堂語 壬午(康永元年)五月四日 1幅 国 指 定
劒門妙深墨蹟 与聖一国師尺牘 淳祐己酉四月望日 1幅 国 指 定
断谿妙用墨蹟 白雲雅号偈 威淳己巳 1幅 国 指 定
無等恵融墨蹟 与簡上人法語 1幅 国 指 定
済川若揖墨蹟 与山叟慧雲尺牘 附 文英清韓添状 一幅 1幅 国 指 定
中峰明本墨蹟 与済侍者警策 1幅 国 指 定
石室善玖墨蹟 拈香語 貞治二年二月廿五日 1幅国 指 定
友雲士思、月江正印墨蹟 唱和偈 1幅 国 指 定
仏鑑禅師墨蹟 禅院牌字「巡堂」 東福寺伝来 1幅 国 指 定
無学祖元墨蹟 重陽詩 弘安二年臘八 1幅 国 指 定
古劒智訥墨蹟 拈香語 (癸卯歳結制之後十五1幅 国 指 定
足利尊氏自筆願文 建武三年八月十七日 清水寺宛1幅 国 指 定
などです。
これらの文化財は、主に墨跡・工芸・絵画・天神の分野からなり、鎌倉にちなむものが多いのを特徴としています。墨蹟は中国・日本両国の禅僧、宗派も臨済宗・曹洞宗にまたがり、時代も十三世紀から十六世紀と広範囲にわたっています。そして文化財の質は高く、国宝二点、重要文化財十六点が含まれています。工芸では中国の陶磁器および漆器があり、とくに宋時代に制作された工芸品が多いのを特徴としています。陶磁器では日本において古くから愛されてきた「砧」と呼ばれる南宋の青磁や、現存する作品四点のうちの三点に数えられる貴重な官窯米色(べいしょく)青磁、漆器では犀皮(さいひ)とよばれる彫漆の水注など、とても珍しい作品を含んでいます。絵画では中国絵画、日本絵画の両方があり、とくに室町水墨画を主軸とする。「送海東上人帰国図」(重文)や「帰郷省親図」(重文)、「拾得図」(重文)・「白衣観音図」・「達磨図」など禅林社会と関わりのある作品が多く、墨蹟の収蔵品と強く結びついたコレクションは、通済の好みを感じさせます。
このように鎌倉と深くつながりを持つ常盤山文庫の文化財は、中世鎌倉を感じることのできる貴重な品々だといえます。